第34回教学研究会「『創価学会の確信』vs顕正会(元妙信講)の『寺信心』―― 正本堂の意義付け問題をめぐる宗門・学会・顕正会の暗闘」

第34回は、2023年10月7日(土)夜8時~ zoomで開催します(※毎月第1土曜日の20時からになります)。
今回の講義テーマは「『創価学会の確信』vs顕正会(元妙信講)の『寺信心』―― 正本堂の意義付け問題をめぐる宗門・学会・顕正会の暗闘」です。

今回の教学研究会の前半は、元妙信講(顕正会)問題および正本堂の意義付け問題を復習したいと思います。
このところ、四菩薩摂折論、転輪聖王説、金輪聖王説を論じてきましたが、これらは、日蓮正宗においては、戦後、創価学会の目覚しい発展とともに生じた、正本堂の意義付け問題に関連して起こった議論でした。
「正本堂さながら池田大作、池田大作さながら正本堂」と日達法主が詠んだように、正本堂の意義付けとは、とりもなおさず、池田先生の出現を仏法史上、どのように位置づけるかの問題であり、それは元妙信講=現顕正会と創価学会の、宗門を間に挟んだ教義論争でした。
その意味で、正本堂問題と妙信講(顕正会)問題の理解なくして、四菩薩摂受論、転輪聖王説の本当の理解もできないと言えます。
次回は、西山先生の論考を通して、顕正会問題を掘り下げて考えてみたいと思います。

そこで重要になるのが、戸田先生が論文『創価学会の歴史と確信』で明かした「創価学会の確信」と、元妙信講をはじめとする法華講の「寺信心」との違いです。
創価学会は、昭和38年の「助教授試験」で、「地湧の四菩薩が摂受を行ずると折伏を行ずることについて論ぜよ」との問題を出し、模範解答として、「大白蓮華」昭和38年2月号で 「大聖人様は、七百年前に御出現になり、法体の広宣流布をなさった。この時は正法像法二千年間にはもちろん未曾有の大折伏であり、それに伴う大難もあったのであるが、しかし法体の広宣流布は、いまだ現在会長池田先生の下に創価学会が化儀の広布に向って、あらゆる分野で折伏教化または選挙戦における権力と斗っていることに対すれば、摂受になるということである」と述べている。これは、一人、回答者の個人的な意見ではなく、創価学会の公式見解でした。そのことは、大白蓮華の前号で、小平芳平教学部長が論考「観心本尊抄の研究(一)」の中で、同趣旨のことを述べていることからも明らかです。

これに対して、顕正会の浅井昭衛が第一回目の諌暁書の中で噛みつきました。
「出題者は何を云わせんとしているのか。これではまるで況滅度後の大難を忍び給う唯我一人の大聖人が小さく見えやしないか」と。
しかし、観心本尊抄及び観心本尊抄文段の趣意からすれば、創価学会の会長は、大聖人と並ぶ地涌の菩薩の棟梁であり、更に言えば、大聖人は摂受、賢王は折伏であるから、大聖人を上回る存在と言っても過言ではない──ということになります。
これこそが戸田先生の戦後の路上の悟達の内容であり、論文「創価学会の歴史と確信」の中で明かした「創価学会の確信」の内容そのものです。
一人ひとりの会員がこの確信に目覚め、この確信が会内に満ち溢れることが、牧口先生が戦時中、口癖のように「創価学会(創価教育学会)は発迹顕本しなければならない」と言い、池田先生も2013年、我々に「頼む」と仰った「目の覚めるような自分自身と創価学会の発迹顕本」を遂げることの意味ではないかと思います。
この創価学会の会長は、地涌の菩薩の棟梁であり、大聖人と同等もしくは大聖人を上回る存在であるとの「創価学会の確信」が、日蓮正宗内で、さまざまなハレーションを起こしていきます。その最たるものが、正本堂の意義付けをめぐる論争でした。
このあたりのことを克明に記しているのが、西山先生の論考「冨士大石寺顕正会の誕生――一少数派講中の分派過程」等の論文です。
正本堂を「事の戒壇」「本門寺の戒壇」と認めることは、正本堂の願主である池田先生を、観心本尊抄の「賢王」、一期弘法抄の「本化国主」と認めることにほかなりません。これに対して、妙信講をはじめてとする一部法華講や末寺が異議を唱え、時の日達法主までもが、言を左右にするようになっていきました。
最終的には、昭和47年4月28日、創価学会と妙信講の主張の一部をとり、一部を否定した「訓諭」――「正本堂は一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇である。即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」――を発して一応の決着を見たのでしたが、結局、妙信講との対論に臨んだ学会幹部が浅井らを法義論争で屈服されることができませんでした。
このことが、今日の衰退した学会となってしまう根本原因ではないか、と波田地さんはひそかに思っておられます。
すなわち、「学会の会長は、地涌の菩薩の棟梁であり、大聖人と同等もしくは大聖人を上回る存在である」との「創価学会の確信」で最後まで押し通すべきであったのに、妙信講や宗門と同じ地平(思考回路)に立ってしまったために、その「創価学会の確信」で最後まで押し切ることができなかったのだと思います。
押し切るための格好の論点が、実は、転輪聖王説であり、単なる日本一国に縛られない、大聖人の本来の世界観、広宣流布観、国主観であったと思います。
この転輪聖王説と大聖人本来のワールドワイドな世界観に立てば、妙信講や宗門の言い分を論破し、「創価学会の確信」を貫き通すことができたのではないかというのが、波田地さんが今回、述べたいと考えておられる主張です。お楽しみにして下さい。

後半は、新会長誕生?の時期でもありますし、本来9月に取り上げる予定だった「『創価学会』悪幹部列伝」(下半身問題編)を「来月(11月)の会長選出委員会を前に物申す──次期会長が、ジャギー374919谷川でいいのか?? ジャギーさん、Yとの不適切な関係は精算できたの??──」というタイトルに変更してお話ししたいと思います。
いま話題のジャニーズ事務所・ジャニー喜多川氏による少年の性的虐待問題を隠蔽しようとする体質と、創価学会の教義を改変した張本人であるジャギー(邪義)谷川氏の準不同意性交事件である374919(ミナヨクイク)事件や元女性本部職員Yとの不適切な関係問題等を隠蔽しようとする信濃町の体質は、乃木坂(ジャニーズ事務所)と全く同じであると感じるからです。
もともと、これは、将来書かれるであろう「『創価学会』悪幹部列伝」(下半身問題編)の一部をなすものでした。ジャギーさんだけではない、ほかの創価学会最高幹部の下半身のゆるさ問題も、一部、取り上げたいと思います。
日興上人の御遺誡「日興遺誡置文」には以下の通りあるので、ジャギーさんを始め、下半身のゆるい創価学会最高幹部達は「衆徒(ヒラ職員)に降格させるべき」ではないでしょうか。」

第二十五条「先師の如く予が化儀も聖僧為る可し、但し時の貫首或は習学の仁に於ては設い一旦の媱犯有りと雖も衆徒に差置く可き事」
 「先師・大聖人のように、私(日興上人)の(門下の)化儀も聖僧であるべきである。ただし、(将来において)時の貫首、あるいは習学中の僧などが、一時的に女犯をしたとしても、(破門せずに)衆徒(下位の僧、平僧)にしてとどめておくべきである」
 この御遺誡は、大聖人・日興上人が、僧侶の「妻帯」を絶対に許されていない、という明確な文証である。
 「聖僧」とは、「清僧(清い僧)」とも書き、妻帯・肉食をしない僧をいう。
 大聖人御自身が、妻子も持たれず、肉食もされなかったことは、「日蓮はさ爾せる妻子をも帯せず魚鳥をも服せず」との御文にも明らかである。
 また、門下の最蓮房に対して、″僧となったからには、権宗の者であっても、妻帯、肉食をしてはならない。いわんや、正法の修行者においては、なおさらである″と仰せである(祈経送状)。
 日亨上人は、この御遺誡に触れられ、妻帯を含む「現今の在家同然の僧行(僧の振る舞い)」は、「一時の変体(異常な状態)」であり、「宗祖開山時代の常態(正常な状態)に帰るべきを祈るものである」と述べられている。そして「全分の生活まったく在家同然で、心意またこれに相応し、たんに袈裟衣を着てるだけの違いを、かえって偽らざる正直の僧侶と自負する者があるやに聞く。このていの放埒ぶりを標準とせば、この条項はいまは死んでおる」と断言されている。「条目の死」は「日興上人の御心の死」である。
 また、日興上人は″女犯するようなことがあれば、本来は破門して還俗させるべきである″ということが前提だが、″時の法主″の場合についても、一時の過ちであれば、衆徒に降格させるべきであると定められている。
 日亨上人も、この御遺誡について「貫主の高位を貶おとして下位に沈まするということと解釈する外はない」と。
 「一旦の犯」どころか、妻帯したうえに、破廉恥な行動で宗風を汚し、猊座を穢し続ける法主──日興上人が明確に、そういう人間は「退座」せよ、「降格」せしめよと命ぜられているのである。それに逆らう者は、日興上人への反逆者である。

毎回、充実した内容になっています。
是非とも新しいご友人、お知り合いの方々を伴って、ご参加くださいますよう、お願いいたします。

 


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