開催日時:2025年9月6日(土)午後8時~ zoomミーティング (※毎月 第1土曜日 午後8時)
毎回、充実した内容になっています。
是非とも新しいご友人、お知り合いの方々を伴って、ご参加くださいますよう、お願いいたします。
※初参加の方は「参加ルール」をご確認のうえ、「参加申し込みフォーム」からお申し込みください。
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【研究会の内容】
<開催の約1週間前に掲載します>
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【講義内容の詳細】
・式次第及び内容等。
レポーター:沖縄の壮年メンバーと波田地の2本立てです。
司会: 宮城の壮年メンバーです。
・当日の流れ:
①司会の第一声および自己紹介
②初参加メンバーの簡単な自己紹介
➂沖縄の壮年メンバーによる体験発表
④出版報告(愛知の壮年メンバー)
⑤七ツ星さんによる「スラップ訴訟」報告・「性懲りもなく上告した創価学会の悪あがきについて」
⑥音声や映像を視聴しようコーナー
スラップ訴訟の七ツ星さん、1審・2審「完全勝訴」の全軌跡!
僣聖増上慢・八尋律師率いる法匪どもに正義の鉄槌!!
──休憩──
⑥前半講義:「原田学会は創価学会仏に非ず!」と池田先生
by波田地
──休憩──
➆後半講義:まさに頭破作七分!「原田学会の三宝論」
――『創価学会教学要綱』の仏法破壊を糾弾する!!
by 波田地
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【解説】
④七ツ星さんによる「スラップ訴訟」報告・「性懲りもなく上告した創価学会の悪あがきについて」
7月31日に出た七ツ星さん全面勝訴の高裁判決を不服として創価学会が最高裁に上告していたことが判明しました。今回の上告は、学会側の勝訴を信じていた会員らへの手前、1審、2審の判決が完全に確定することを嫌って、時間稼ぎのための悪あがきに過ぎないと思われますが、七ツ星さん本人に上告審の見通し等について語っていただきます。
⑤ 音声や映像を視聴しようコーナー(^_^)/
スラップ訴訟の七ツ星さん、1審・2審「完全勝訴」の全軌跡!
僣聖増上慢・八尋律師率いる法匪どもに正義の鉄槌!!
前々回、7月度の第55回教学研究会で、「『四箇の格言』の再歴史化」についてお話しした際、「八尋国賊」と命名しました。
創価学会の法匪グループのトップに君臨し続ける八尋頼雄弁護士(副会長)は、真言律宗で大聖人及び門下の弟子檀那を迫害した僭聖増上慢・極楽寺良観(忍性)の生まれ変わりであり、頼雄の「頼」の字は、僭聖増上慢の片割れの平左衛門尉頼綱にも通じるというこれこそまさに現代の僭聖増上慢・国賊に他ならないとするものです。
池田先生が2010年5月末に脳梗塞で倒れた後から、原田執行部は独断専行を始め、2012年2月には池田先生の天敵とも言うべき矢野絢也と和解を行ない、2013年春からは今日の『創価学会教学要綱』に通じる教義の改変を断行し、同時に、原田学会に意見する者たちを次々に査問にかけ、職員クビ、除名や役職解任や会館出入り禁止等々の処分にふしてきました。
その獄卒ともいうべき役割を果たしたのが、八尋率いる創価学会の法匪軍団です。
極楽寺良観は、忍性律師と呼ばれましたが、台湾SGIのホームページによると、八尋頼雄は創価学会弁護団の「主任律師」だそうです。まさに良観の生まれ変わりですね。
この2013年以降、数多くの本部職員や一般の会員らが相次いで、除名や役職解任等の極刑に処せられてきました。
その状況は、750年前、熱原の農民信徒らが良観や平左衛門尉らによって、斬首、所払い等の弾圧にあった姿を彷彿とさせるものです。言わば、「平成・令和の熱原法難」と言っていいものでした。
しかし、750年前は、三烈士はじめやられっ放しで終わりましたが、今日は、僭聖増上慢の八尋頼雄らに一矢を報いる人があらわれました。七ツ星さんです。
750年前は、蟇目(ひきめ)という矢に脅されましたが、今回は、七ツ星さん射た「一審二審完全勝訴」という爆音のする矢に法匪どもが恐れおののき、逃げ惑っています。
750年前の仇をいま撃っていると言って良いでしょう。こうした勇士が教学研究会の中から出たことを誇りに思います。
教学研究会は、教学の深化で自身と所属教団(創価学会ほか)の発迹顕本を目指す集いです。七ツ星さんは、広島の一地区幹事という迹の姿を発して、750年前のアダを撃つという自身の本地を顕しました。我々も、二陣、三陣と続いて、八尋、原田、谷川、ヒロシら現代の僭聖増上慢を倒すという自身の本地を顕して行きたいと思います!
今回の音声や映像を視聴しようコーナー(^_^)/では、七ツ星さんの人権闘争の全貌を特集します(^_^)/
⑥前半講義:「原田学会は創価学会仏に非ず!」と池田先生
創価学会仏の原義は、集団崇拝ではなく個人の尊重!
「創価学会仏」という言葉は、牧口先生、戸田先生の著作には見られず、初出は、昭和37年8月7日、大石寺大講堂での池田会長による「生死一大事血脈抄講義」(「大白蓮華」昭和37年9月号所収)です。
先生は、この講義で、「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此の心なく水魚の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり」との御文に基づいて、
創価学会という和合僧、組織を一つの生命体と見て、その中に入って仏道修行することが、生死一大事の血脈になると述べ、学会を離れれば、功徳がない、地獄に落ちる場合もあると仰っています。
また、戸田先生は、「創価学会仏」ということを漏らしていたと言い、「この和合教団は、創価学会仏として、その生命体なのです。それからはずれていくのですから、仏道修行になりはしません」と強調されています。
この教団、組織を一つの生命体と見る考え方は、ある意味、あらゆる教団や組織にある考え方で、例えばキリスト教では、教会を「キリストの体」と表現しています。
同じく日本会議は日本を神国、「神国日本」と言います。これといま原田学会の言う「創価学会仏」は、基本、同じ全体主義的発想ではないかと思うのです。
しかし、池田先生の場合は、原田学会とは違い、人間主義的発想です。「われわれは創価学会仏の社会の人々なのです、仏なのです。 創価学会というひとつの分子ともいえるし、それから、一つの細胞ともいえるし、また一貫したひとつの仏ともいえます。その和合団が創価学会であると。戸田先生が、かつて一言申されたことがあるのですよ、それを私が記憶しておったのです。そうなれば、けっして独裁的ではないでしょう。全体の結合でしょう、そうなるでしょう」
と。
池田先生の場合は、会員一人一人に自分が仏であることを自覚させ、会長一人が仏であるというような独裁ではないことを明確にするために、「創価学会仏」を使われているように思われます。
このことは、魂の独立を果たした後、1992年に著された人間革命12巻「憂愁」の章からも言えると思います。
「戸田城聖は、深い感慨のなかで、自らの人生の不思議さを感せざるをえなかった。そして、自分ばかりでなく、彼の周囲の人たち、一人ひとりもまた、自分と同じように、不思議な使命をもっていることに気づいた。
戸田城聖は、山本伸一をはじめとする弟子たちも、彼の家族も、一人ひとりが、独特な存在であり、実に不思議な絆によって彼と結ばれていることを、改めて感じた。」
「彼の脳裏に、あの獄中で身で拝した、御義口伝の「霊山一会儼然未散」の御文が浮かんだ。 ──そうだ、霊山の一会は儼然として未だ散らぬがゆえに、この世に私たちは集い来たのだ。私は、あの法華経の会座に、たしかにいたことを身をもって知った。 私だけでなく、皆、あの座にいた久遠の兄弟、姉妹であり同志なのだ。生死を超えて、あの久遠の儀式は、永遠につづいているのだ……。」
「創価学会は、その大法を末法の民衆に教え、流布するために、御本仏のお使いとして出現した。そして、大聖人の御精神のままに、苦悩にあえぐ人びとを救い、菩薩道を行じてきた唯一の団体である。それは未来永遠に続くであろう。すると、学会の存在もまた、「我常在此。娑婆世界。説法教化」の姿ではないか。 してみると、学会の存在は、それ自体、創価学会仏というべきものであり、諸仏の集まりといえよう──。」
「自分ばかりでなく、彼の周囲の人たち、一人ひとりもまた、自分と同じように、不思議な使命をもっている」「私だけでなく、皆、あの座にいた久遠の兄弟、姉妹であり、同志なのだ」「学会の存在は、それ自体、創価学会仏というべきものであり、諸仏の集まりといえよう」———創価学会仏の真義とは、一人ひとり不思議な使命を持った久遠の同志、諸仏の集まりの総称といえるのではないかと思うのである。
➆後半講義:まさに頭破作七分!「原田学会の三宝論」
――『創価学会教学要綱』の仏法破壊を糾弾する!!
今回は、2021年2月、第2回教学研究会で取り上げた「創価学会仏」のおさらいをした上で、帰命すべき尊信の対象である「仏法僧」の三宝について、原田学会が犯した三宝破壊の大謗法を糾していきたい。
原田学会は、僧宝から日興上人を削除し、それまで尊信の対象ではない「広い意味での僧宝」に位置付けていた「創価学会」という教団を日興上人に代わる「尊信の対象としての僧宝」に据えるという明らかな三宝破壊を行った。
その一方で、僧宝から外したのだから、拝む対象ではなくなったはずの日興上人に帰命する必要はないはずだが、学会員はいまだに朝晩の勤行の際に、「日興上人に“南無”し奉り」と祈念させられている。
同じことが、仏宝の日蓮大聖人についても言える。大聖人が仏宝であると言う一方で、原田学会は、大聖人は拝む対象ではないととも言う。ならば、大聖人に“南無”させることは自語相違になるのであるが、「大聖人に“南無”し奉り」との祈念を会員に強いているのである。
さらに法宝についても、従来の南無妙法蓮華経の御本尊から御本尊の三文字を削り、単なる「南無妙法蓮華経」とした。しかも、この南無妙法蓮華経は一大秘法の南無妙法蓮華経であり、「三大秘法における本尊や題目とは位相が異なるもの」(「男子部教学室」)であると言っている。
であれば、その一大秘法の南無妙法蓮華経に“南無”するのかと思いきや、経本では、「法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊に“南無”し奉り云云と、ここでも、支離滅裂な文言が並んでいるのである。
原田学会の執行部が「頭破作七分」しているのは火を見るより明らかである。
一体いつまで、この欺瞞の御祈念をさせ続けるのか。少なくと、教義を変えた以上、その教義に基づく御祈念文にするのが、道理であろう。
原田学会執行部および教学部の怠慢を強く叱責したい。
なお、資料は、こちらからダウンロードしてください。
第57回教学研究会.zip
https://109.gigafile.nu/1017-fcc922920ec1599e4710e46835ee2de03
※当日使うのは、①から⑤と打ってあるものです。
以上です。
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