第60回教学研究会

開催日時:2025年12月6日(土)午後8時~ zoomミーティング  (※毎月 第1土曜日 午後8時)

毎回、充実した内容になっています。
是非とも新しいご友人、お知り合いの方々を伴って、ご参加くださいますよう、お願いいたします。

※初参加の方は「参加ルール」をご確認のうえ、「参加申し込みフォーム」からお申し込みください。

この日の関連動画はこちら(クリックするとページ下部にジャンプします)

 


【研究会の内容】

 <開催の約1週間前に掲載します>

  • 講義
    前半講義:ガンジー、キング牧師の非暴力不服従を考える
    後半講義:「大崎ルール」破折! 第2弾

    宮田氏・『教学要綱』・男子部教学室の
    「~は御書にはない!」は大嘘だった!!

 


【講義内容の詳細】

・式次第及び内容等。
レポーター:神奈川の壮年部メンバーと波田地の2本立てです。
司会: 北海道長の女性部メンバーです。

・当日の流れ:
①司会の第一声および自己紹介
②初参加メンバーの簡単な自己紹介
➂神奈川の壮年部メンバーによるいいぐるさん追悼体験談代読等
④七ツ星さんによる「スラップ訴訟」報告
⑤音声や映像を視聴しようコーナー
 財務特集・第3段(完結編)
 「財務に勝る大善なし!」と原田会長
 「出しなさい!出せ!!」と婦人部最高幹部

──休憩──
⑥前半講義:ガンジー、キング牧師の非暴力不服従を考える
by波田地
──休憩──
➆後半講義:「大崎ルール」破折! 第2弾
宮田氏・『教学要綱』・男子部教学室の
「~は御書にはない!」は大嘘だった!!

by波田地

……………………………
【解説】
④七ツ星さんによる「スラップ訴訟」報告
「財務の金で会員に“恫喝”訴訟しかける学会本部!」

 創価学会本部が、会員の七ツ星さんに仕掛けた“恫喝”訴訟が、一審も二審も学会側敗訴となり、勝てる見込みもないのに最高裁に上告したのは、御存じかと思います。
この裁判のため学会が雇った弁護士がなんと6人。七ツ星さんの計算では、その訴訟費用は少なく見積もっても1700万円にも上るといいます。
この金の出処が、煎じ詰めれば、会員からの浄財・財務であることは歴然です!
「こんなことに使うのなら財務はしない!」という会員が大勢現れています。
七ツ星さんには、今、進行中の裁判の状況と、最高裁判決の時期や見通しなどを語っていただきます。

⑤音声や映像を視聴しようコーナー(^_^)/
 財務特集・第3段弾(完結編)
 「財務に勝る大善なし!」と原田会長
 「出しなさい!出せ!!」と婦人部最高幹部

いよいよ財務の納金締め切りが来る年末12月!
10月、11月と特集してきた財務関連の音声や映像の締めくくりとして、原田会長の「財務に勝る大善はない」の迷発言や、婦人部最高幹部の「出しなさい!出せ!!」の絶叫指導など、財務にまつわるエピソードの数々を映像と音声等でご紹介します。

⑧前半講義:ガンジーやキング牧師の「非暴力不服従」を考える

前回、不軽菩薩と転輪聖王について学んだことを踏まえて、その共通項である「非暴力不服従」の思想について、マハトマ・ガンジーとマーチン・ルーサー・キング・ジュニアの二人を例に、さらに掘り下げて考えてみたいと思います。

「ガンジー・キング・イケダ展」
https://www.d3b.jp/npcolumn/13494
等で紹介されたように、アショカ王(転輪聖王)→ガンジー→ネルー
→キング牧師とつながる「非暴力不服従」の系譜に法華経実践者の
池田先生は位置づけられます。
ガンジーやキング牧師の思想と実践を掘り下げることによって、
池田先生の「非暴力不服従」主義について、考えてみたいと思います。


⑨後半講義:「大崎ルール」破折! 第2弾
宮田氏・『教学要綱』・男子部教学室の「~は御書にはない!」は大嘘だった!!

半年前の第54回教学研究会(2025.6.7)で行って大好評だった「大崎ルール」破折
https://www.youtube.com/watch?v=aV-tVFBYefA&t=2681s
の第2弾を行いたいと思います。

Xの論客・The_Mystic_Lawさん曰く

波田地さんの充実の講義です。 そもそも、「大崎ルール」なんていう、愚にもつかない非論理的・非科学的な邪説がまかり通っていること自体に驚きます。 その界隈の「仏教学者」の絶対的な知的レベルの低さを示して余りある。笑 ポンコツ学者に翻弄される創価学会員のあわれさよ。 #教学要綱

https://x.com/The_Mystic_Law/status/1949102539552727509?s=20

教材としては、花野充道氏が「大崎ルール」をターゲットに、さまざま研究者が偽書扱いしてきた大聖人の御遺文が真書であることを論じた渾身の論文「日蓮の思想史研究ノート(一)」を取り上げます。

そこで取り上げている御遺文は、出てくる順に次の通りです(重複あり)。偽書扱いした研究者の名前も付けておきます。

覆された偽書説

①持妙尼御前御返事、妙心尼御前御返事(by芹沢寛隆)
②御筆集(by芹沢寛隆)
③富城入道殿御返事〔承久書〕 (by浅井要麟)
④如説修行抄(by今成元昭、池田令道ほか)
⑤光日房御書(by佐々木馨)
⑥不動愛染感見記(by東祐介)
⑦本迹事(by池田令道)
⑧原殿御返事(by池田令道)
⑨三世諸仏総勘文教相廃立(by池田令道ほか)
⑩立正観抄(by浅井円道、池田令道、三浦和浩)
⑪十法界事(by池田令道)
⑫日女御前御返事(by山上弘道ほか)
⑬当体義抄(by山上弘道ほか)
⑭無作三身、一心三観、本覚(by山上弘道)
⑮諸宗問答抄(by宮田幸一)
⑯三世諸仏総勘文教相廃立(by山上弘道ほか)
⑰三大秘法抄(by山上弘道ほか)

花野氏のこの論考の中から、特に重要と思われる箇所を抜粋しておく。

①真蹟が現存するか否か、真蹟断片が現存するか否か、直弟子の写本が現存するか否か、これらはすべて偶然によるものであるから、本来、すべての写本について文献考証をする必要がある。真蹟現存遺文(と真蹟曾存遺文、真蹟断片現存遺文、さらに直弟写本遺文)だけを用いて、日蓮の思想を考察すればよいという「信」に立脚した宗学に対して、それ以外の写本遺文の中にも日蓮の真撰遺文があるのではないか、と「疑」から出発するのが思想史研究である。真蹟が現存していないからという理由によって、それらを排除して安易な祖師研究をしている教団は、仏教教団の中で日蓮教団だけであるという事実を真摯に考えるべきであろう。
たとえば、捜査員が真実を見つけるために、懐疑を用いて捜査にあたるとする。その場合、アリバイのある者(真蹟が現存するもの)は、とりあえず捜査の対象からはずす。しかし、犯人がアリバイ工作をしていることも考えなければならない。アリバイのない者は全員、犯人の可能性がある(疑書)ので捜査の対象になるが、アリバイがない者がすべて犯人である(偽書)とは限らない。捜査に当たっては、先入観(主観)を持たないことが大切であるが、何も考えずに手あたり次第捜査しても(客体)、徒労に終わる蓋然性が高い。したがって、必ず犯人の目ぼし(仮説)を立てて(主体)、その仮説を実証するために状況証拠を積みあげていくこと(客観)が重要である。筆者が、日蓮の真実を探求するためは、「主体的かつ客観的に」と主張しているのは、そういう意味である。

②立正大学や日蓮正宗の宗学研究は、日蓮遺文の真偽考証をしないが、思想史学の研究においては、遺文の真偽考証をするので、その場合、より懐疑主義の立場に立った研究者の主体性と、より護教主義に立った研究者の主体性が対峙することになる。筆者は、遺文の真偽考証について護教主義の立場に立っている。懐疑主義の立場に立てば、「真撰たることを論証できない遺文は用いない」すなわち「疑わしきは罰する」ということになるか、護教主義に立てば、「偽撰たることを論証できない遺文は用うる」すなわち「疑わしきは罰せず」ということになる。後世の偽作遺文を日蓮の真撰遣文の中に混在させてはいけない、というのも懐疑主義者の主体性であるならば、日蓮の真撰遺文を冤罪によって排除してはならない、というのも護教主義者の主体性である。どちらの仏教思想史観、どちらの日蓮教学観がより真実に近いか、それはオープンな議論を通じて明らかにしていくしかないであろう。

③浅井(円道)氏の論考で問題なのは、「日蓮遺文には真如随縁論は全く認められない」という結論が先にあることである。『当体義抄』『日女御前御返事』『立正観抄』は真偽未決である、と言われるのであれば、本来、この三書については真偽の可能性が五分五分ということになる。ところが、「確かな御書には真如論に言及したものはない」という理由によって、この三書の真偽の考証をせずに、実質的には三書を偽書と見なして「日蓮遺文には真如随縁論は全く認められない」という結論が提示されている。このように容易に論を運ぶ手法は、現代の学者がよく使うところであるが、筆者はそのような手法に重大な欠陥を指摘せざるをえない。もしこれら三書のうち、一書でも真書だったら、浅井氏の「日蓮遺文には真如随縁論は全く認め認められない」という結論が成立しなくなってしまうからである。
 日蓮教学の理解については、筆者は基本的に浅井氏の見解に同意する。ただし、浅井氏が「真如随縁論は宗祖には皆無であった」と言われることについては同意することができない。なぜなら筆者は、『当体義抄』『日女御前御返事』『立正観抄』の三書を目蓮の真撰と考えているからである。(中略)
山口晃一氏は、『立正観抄』の真偽をめぐる、池田令道氏と筆者との論争を評して、

花野先生の発表された所論に全面的に賛同します。これは、昭和三年に浅井要麟先生が疑義を出されてから始まりました。最近になり身延三世日進上人の直筆の「写本」と確認され、宮崎英修先生が「真撰説」を昭和四七年に表明しました。昭和六一年には、浅井円道先生が「真撰とみる外ない」と両大家がいわれていました。浅井先生は内容から判断しての偽疑説でした。証拠が出たのです。日進上人の写本という事実のまえに、あえなく自説を撤回されたのです。写本があったからよかったのです。「みる外ない」との浅井先生の発言に苦渋のようすか強く感じられます。でも、身延山にさいわい日進上人の写本があったからよかったのです。もし、存在していなければ現代学者によって、大聖人の『立正観抄』という重大な御遺文が、この世から抹殺されたかもしれないのです。

と述べている。

花野氏は、「このように容易に論を運ぶ手法は、現代の学者がよく使うところである」と述べているが、この手法こそ、まさに宮田幸一氏や『教学要綱』、男子部教学室らが用いる詐術である。

彼ら曰く

・「一大秘法」を「本門の本尊」とする解釈は、御書にはない
・日蓮大聖人は釈尊を超越した根源仏であると主張するが、大聖人の御書や日興上人の著作に基づいたものではない
・大聖人は、自身を上行菩薩であると明言されてはいない

等々。これらが、勝手な思い込み、まず結論ありきの手法であることは、これまで詳しく述べてきたことであるが、改めて、破折のボイントをまとめておきたいと思います。

なお、資料は、こちらからダウンロードしてください。

第60回教学研究会.zip

https://21.gigafile.nu/1216-m640232ef1615cc6943a301bd5cdab692


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